大韓民国5-9代大統領 朴正煕は1917年11月14日亀尾市上毛(サンモ)洞で生まれました。貧しい農民の息子に生まれたが、貧困から抜けられるよう導いた立派なリーダーとなり、国家の現代化を成し遂げました。大邱教大を卒業した後3年間は教師として働き、1945年8月15日解放後(=第二次世界大戦終戦後)、自らの新しい目標の為、陸軍士官学校に入校しました。そして朝鮮戦争で卓越した能力が認められ1954年に大韓民国陸軍准将(一星将軍)となり、そのほか陸軍砲兵学校長、分断司令官、国軍燃料準備部隊長、2軍司令官など多数の要職を歴任しました。
2軍司令官在任時、1961年5月16日無形軍事革命である5.16クーデターを起こして国家復旧最高議会長となった彼は、正義を守るリーダーであり、つつましく無口な性格でした。5代から9代までの大統領在任中、彼は卓越したリーダーシップで国家を現代化に導き、産業化と現代化を果たしました。
彼は第1次、2次経済開発計画を通じて、都市と地方の格差を解決した優秀なリーダーでした。新しい村づくり運動は、国民が自らの努力で自治区をよりよくするために参加する、という国家現代化の原動力となりました。さらに、国力伸張と7.4南北共同合意書に基づいた南北平和統一を果たす為、高い経済成長率と自主国防を主な政策として宣言しました。1978年には変化する国際情勢の中で国防産業を発展させるために自主国防の基礎をより一層固めていったのです。
彼は在任期間中、国家統治の信念を貫き国民に四骨(牛の脚の骨)とマッコリ(韓国の濁り酒)を楽しむ無口なリーダーとして尊敬を集めました。1979年10月26日挿橋川(サムギョチョン)防潮堤完工式に参加した後、夕方食事中に61歳でこの世を去りました。世界でも優秀な人材の一人として、国立墓地に埋葬されています。




